賢者の思考室

不確実性との向き合い方 - 哲学からのヒント

Tags: 不確実性, 不安, 哲学, 思考法, 心の平穏

変化の時代に感じる「不確実性」という不安

現代社会は、先の見えない変化に満ちています。技術は急速に進歩し、社会情勢は刻々と移り変わり、私たちの働き方や生き方に対する「当たり前」も常に問い直されています。このような環境の中で、多くの人が将来への漠然とした不安や、コントロールできないことへの恐れを感じているのではないでしょうか。

この不安の正体の一つは、「不確実性」です。何が起こるか分からない、将来どうなるか分からない、といった状況は、私たちの心に落ち着きのなさと不安定さをもたらします。私たちは予測できない出来事や、自分の意図しない変化に対して、しばしば抵抗を感じ、それゆえに苦しみを覚えることがあります。

では、この避けがたい不確実性と、私たちはどのように向き合っていけば良いのでしょうか。哲学は、この問いに対して古くから様々な示唆を与えてきました。不確実性そのものを消し去ることはできませんが、不確実性に対する「私たちの心のあり方」や「思考法」を変えることは可能です。

哲学が見つめてきた不確実性

哲学の歴史を振り返ると、多くの思想家たちが、人生の不確実性や移ろいやすさについて深く考察しています。

例えば、古代ギリシャのストア派哲学は、私たちに「コントロールできること」と「コントロールできないこと」を明確に区別することを教えました。他者の行動、将来の出来事、天候など、私たち自身の外部にあるものの多くは、私たちの意志では変えられない「コントロールできないこと」です。一方、私たち自身の思考、感情への反応、選択は、「コントロールできること」です。ストア派の賢人たちは、心の平穏を得るためには、コントロールできないことに心を煩わせず、コントロールできること、すなわち自分自身の内面に集中すべきだと説きました。不確実な外部世界に一喜一憂するのではなく、自分の心のあり方を整えることに力を注ぐ。これは、不確実性に対する一つの強力な姿勢と言えるでしょう。

また、近現代の実存主義哲学は、不確実性や自由そのものが人間の本質であると捉えました。サルトルは「人間は自由の刑に処せられている」と述べましたが、これは、私たち人間が常に選択を迫られ、その選択によって自己を形成していく存在であること、そしてその過程には常に不確実性が伴うことを示しています。この視点に立つと、不確実性は避けられるべき「問題」ではなく、人間存在に内在する「条件」となります。不安はそこから生じますが、同時に、不確実性があるからこそ、私たちは自らの意志で道を切り開き、自分らしい生き方を選ぶことができるのです。

東洋の思想においても、諸行無常(万物は常に変化し続ける)という考え方は、不確実性、つまり変化こそが世界の自然な姿であることを示しています。変化を恐れるのではなく、それを受け入れること。流れに逆らうのではなく、柔軟に適応すること。これもまた、不確実な世界を生きる上での知恵と言えるでしょう。

不確実性と共に生きるための思考法

これらの哲学的な視点は、現代を生きる私たちが不確実性と向き合うための具体的な「思考法」へと繋がります。

  1. 不確実性を「自然な状態」として受け入れてみる: まず、将来が完全に予測可能であるとか、すべてをコントロールできるという考えは、現実的ではないのかもしれない、と考えてみることです。不確実性は特別な状況ではなく、むしろ万物が変化し続ける世界の自然な状態である、という視点を持つことで、私たちは不確実な状況そのものに対する過剰な抵抗を手放し始めることができます。

  2. 「コントロールできること」に意識を集中する: ストア派の教えに従い、自分が影響を与えられること、すなわち自分の考え方、感情への向き合い方、日々の行動、学びに焦点を当てます。先の見えない出来事についてあれこれと思い悩みそうになったら、「これは自分がコントロールできることだろうか?」と問いかけ、そうでないならば、そこから一度意識的に距離を置いてみましょう。そのエネルギーを、自分の内面を整えることや、今できる行動に注ぎ直すのです。

  3. 不確実性を「可能性」の萌芽と捉える: 不確実な状況は、危険や不安だけでなく、新たな可能性や成長の機会も秘めています。計画通りに進まない状況は、思いもよらなかった新しい道を示してくれるかもしれません。予測不能な出来事は、私たちに柔軟性や適応力を養う機会を与えてくれます。不確実性の中に「どのような可能性が隠されているだろうか?」という問いを立ててみることで、不安だけでなく、好奇心や探求心を持って変化と向き合うことができるようになります。

  4. 内省を深め、感情に流されない練習をする: 不確実な状況では、不安や恐れといった感情が湧き上がりやすくなります。そうした感情に飲み込まれるのではなく、一歩引いて「自分はいま、不確実性に対してこのような感情を抱いているのだな」と客観的に観察する練習をします。感情そのものを否定せず、ただ見つめることで、感情に振り回されず、落ち着いて状況を判断し、対応する冷静さを保つことができるようになります。

穏やかな心で不確実な世界を歩む

不確実性は、私たちの人生から完全になくなることはありません。しかし、不確実性に対する見方や、それと向き合う思考法を変えることで、私たちは不安に囚われる時間を減らし、より穏やかな心で日々を過ごすことができるようになります。

哲学は、すぐに答えを与えてくれるものではありませんが、問いを立て、深く考えるための道具箱のようなものです。不確実な世界で立ちすくむのではなく、自らの思考を巡らせ、心の持ち方を調整していくこと。それは、自分らしい生き方を見つけ、人生をより良く生きるための確かな一歩となるでしょう。不確実性を敵とするのではなく、人生という探求の旅に常に寄り添う伴侶として、その存在を受け入れていく知恵を、哲学の言葉から学び取ることができるのです。