賢者の思考室

「いいね!」がなくても大丈夫 - 承認欲求との哲学的な向き合い方

Tags: 承認欲求, 哲学, 思考法, 自己肯定感, 人間関係, 内省, 価値観

私たちは、日常生活の中で「認められたい」「評価されたい」という気持ちを抱くことがあります。特に現代は、SNSなどを通じて他者からの承認が可視化されやすくなり、この承認欲求が、知らず知らずのうちに心の負担となっている方もいらっしゃるかもしれません。

なぜ、私たちはこれほどまでに他者からの承認を求めるのでしょうか。そして、この承認欲求とどのように向き合えば、より穏やかで自分らしい生き方ができるのでしょうか。今回は、哲学的な視点からこの問いを探求してみたいと思います。

承認欲求とは何か? 哲学的な問い直し

承認欲求は、心理学的には人間の基本的な欲求の一つとされます。しかし、哲学的にこの欲求を問い直してみると、興味深い視点が見えてきます。

私たちは、他者からの承認を通じて、自身の存在価値を確認しようとすることがあります。「誰かに認められることで、自分はここにいても良いのだ」「価値ある存在なのだ」と感じたい。これは、自己のアイデンティティや存在意義を、他者との関係性の中で築こうとする心の動きとも言えるでしょう。

ドイツの哲学者ヘーゲルは、「承認」を人間が自己意識を獲得する上で重要な要素と考えました。他者から「自己」として承認されることによって、自分自身を「自己」として認識できるようになる、という考え方です。これは、私たちが完全に孤立した存在ではなく、他者との関わりの中で自己を形成していく側面を示唆しています。

しかし、もし自己の価値が他者からの承認のみに依存するとしたら、どうなるでしょうか。他者の評価は常に変動する可能性があります。また、他者の期待に応えようと無理を重ねれば、疲弊してしまいます。ここに、承認欲求が時に私たちを苦しめる原因があると言えます。

哲学からの示唆:他者の視点から自由になる思考法

哲学は、必ずしも承認欲求を完全に否定するわけではありませんが、それとの健全な向き合い方、あるいは他者の評価に過度に依存しない生き方のヒントを与えてくれます。

ストア派:コントロールできるものに焦点を当てる

ストア派の哲学は、私たちがコントロールできることと、できないことを区別し、コントロールできないものに心を乱されないことの重要性を説きます。他者からの評価や承認は、まさに私たちのコントロールが及ばない領域にあります。他者がどう感じ、どう評価するかは、究極的にはその人の自由です。

この視点を持つことで、私たちは他者の承認を得ようと必死になるのではなく、自分自身の思考や行動、つまり自分がコントロールできる領域に意識を集中させることができます。自身の内的なあり方や、行う行為そのものの質に価値を見出す思考法です。他者の評価は外的な要素として受け止め、それに一喜一憂しない平静な心を養うことを目指します。

実存主義:自己自身の確立

実存主義は、個人の自由な選択と責任を強調します。サルトルに代表される実存主義は、人間はまず存在し、その後の自己の行動や選択によって自己の本質を築いていくと考えます。

この考え方から示唆されるのは、自己の価値は他者からの承認によって与えられるものではなく、自己自身の決断や生き方そのものによって創造されるということです。他者の期待や評価に合わせるのではなく、「自分は何を選択し、どのように生きたいのか」という内的な問いに向き合うこと。自己の主体性を確立し、他者からの承認の檻から一歩踏み出す勇気を持つこと。ここに、承認欲求を乗り越える鍵があります。

自分自身の「善」を見つめる

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間の幸福は、外部からの評価や名声ではなく、人間固有の機能(理性)を発揮し、優れた活動、つまり「徳」を追求することにあると考えました。

この考え方は、私たちの「承認されたい」というエネルギーを、他者の評価を得るためではなく、自分自身が信じる「善いこと」「価値あること」を追求する方向へ向けることの重要性を示唆しています。それは、誰かに褒められるためではなく、それが自分にとって正しい、あるいは成長に繋がる行為だから行う、という内発的な動機に基づいた生き方です。

承認欲求と向き合うための思考法の実践

これらの哲学的な視点を踏まえ、承認欲求とより良く向き合うための具体的な思考のヒントをいくつか提示します。

  1. 「誰のため?」と内省する: 何か行動を起こしたり、発言したりする前に、「これは誰のためにやっているのだろう?」「なぜ、私はこれで認められたいのだろう?」と自分自身に問いかけてみてください。その動機が純粋に他者からの承認のみに基づいている場合、一度立ち止まって、本当にそれが自分自身の望むことなのかを考えてみる時間を持つことができます。
  2. 自己評価の基準を明確にする: 他者の評価軸ではなく、自分自身の内的な基準(例: 自分が大切にしたい価値観、達成したい目標、どれだけ誠実であったかなど)に基づいて、自分自身を評価する習慣をつけましょう。他人がどう思おうと、自分自身が「これで良い」と思えること、自分の基準に照らして価値を認められることを見つけ出すことです。
  3. 他者の視点を相対化する: 他者の評価や意見は、その人の経験、価値観、その時の気分など、様々な要因に影響された、あくまで一つの見方に過ぎません。それを絶対的な真実として受け止める必要はありません。多様な視点がある中で、自分自身はどう考えるか、という主体的な姿勢を持つことが大切です。
  4. 「ありのまま」を受け入れる勇気を持つ: 承認欲求の背景には、「ありのままの自分では認められないのではないか」という不安がある場合があります。完璧でなくても、弱さがあっても、失敗しても、それが自分自身であると受け入れること。不完全な自分をまず自分が承認することから、他者からの承認に依存しない自己肯定感が育まれます。

終わりに

承認欲求は、人間関係の中で自然に生まれる感情の一つです。それを完全に消し去ることは難しいかもしれませんし、必ずしも悪いものばかりではありません。他者との繋がりを感じ、社会の一員であるという感覚を育む側面もあるでしょう。

大切なのは、承認欲求に振り回されず、それに自分の心の平穏や自己価値を過度に依存させないことです。哲学的な視点は、他者の評価という外的な基準から一度離れ、自分自身の内面に目を向け、自己のあり方や価値について深く考える機会を与えてくれます。

「いいね!」の数や他者からの言葉に一喜一憂する日々から少し距離を置き、自分自身の心の声に耳を傾けてみてください。自分自身の価値を、他者の視点ではなく、自分自身の内なる基準で見つめ直す旅を始めてみましょう。それは、穏やかで、揺るぎない、自分らしい生き方への第一歩となるはずです。